これは漫画作品(修羅の門)内に登場する架空の流派・架空(もしくは誇張された)技ではあるが、初めて読んだとき(何十年前?)の衝撃は今でも覚えている。
陸奥圓明流は完全に殺し技・奥義なので合氣道の真逆の道なのでこれについて書くのも憚られるのだが、酒の飲み過ぎでボケて「あぁー、あの技なんやったかいのぅ?」なんて不測の事態用に残しておくことにした(笑)
陸奥圓明流は、
使う必要がある時点で、修羅の道
というなんとも中二病を刺激する言葉がある。
北斗の拳、ブラックエンジェル、修羅の門、花の慶次といった生きるか死ぬかの漫画を少年時代に読みまくっていた世代であるが故にこのことについて考察せずにはいられない。
言っておくが、平和が一番である。間違いない。
しかし、我が平和を崩そうとするものがいるのであれば、修羅の道を迷わず選ぶ。
迷っているいとまもないのだ。
持ってはいるが、使ってはいけない。
使えば生き方が変わる。
まるで銃の悪魔のようだ。
狼牙は、最短距離である「肘の終点」から「眉間」をつぶす。
日本武術・思想的に眉間は、
- 意志
- 気
- 覚悟
- 自我
が集約される場所とされてきました。
剣術でも
- 眉間を割る=命を断つ
- 目を外す=殺さず制す
という明確な使い分けがあります。
つまり、「眉間をつぶす」=相手を戦う存在として扱わないということです。
また、肘は技術・思想・覚悟が一点に収束する。
- 拳では「速さ」
- 膝では「距離」
- 肘だけが「重さ」をそのまま伝えられる。
肘は、
-
打撃でもあり
-
体幹操作の延長でもある
という境界の武器であり「意図して打つ」ものではなく「落ちた結果、そこにある」。
肘は、「最短・最重・不可逆」である。
肘は、「最短・最重・不可逆」である。
肘は、「最短・最重・不可逆」である。
この記事はこれが言いたかっただけかもしれない。
では。